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卑しき狗の愛憎

第1章 邂逅


「それよりも、先生。今日わざわざお迎えに上がったのは、首領からの命令だったのですよ。貴女に直にお会いして話したい事があるとの事です。」
「はぁ…、鴎外殿からのお達しか。気は進まぬが、参らねばな…。」
そう言う晶子の手を取って太宰は、彼女のために用意された黒塗りの車へと誘った。彼女を車へと載せた後、太宰は振り返り、芥川に凄惨な現場の処理を指示しようとした。
「太宰、その面白い狗を置いてゆくのか?」
その晶子の言葉に、太宰は更にため息をついて、
「はぁ。よほど芥川君が気に入られたのですか、先生?仕方ない。芥川君、君も先生の護衛に随行するんだ。」
「ご下命とあらば随行致します、太宰さん。」
あくまで太宰の命令として随行しようとする芥川に太宰は、
「いいや、これは私の命令ではないよ。晶子先生直々の御指名だ。くれぐれも今度は粗相のないようにするんだ。」

車に乗り込んだ一行は、首領の待つポートマフィアの本部へと向う。
「それにしても、太宰、いつもの調子はどうした?妾とそなたは、対等な立場。よもや部下の前ゆえに、遠慮しておるのではあるまいな?」
晶子は、太宰をからかうようにクスリと笑った。
「はぁ~、全く貴女には敵わないな~、晶子。けれど、対等とは言え、貴女のポートマフィアにおける地位は揺るぎないものだから、部下達の手前、ああしなければいけないからね。立場というのは、中々窮屈なものだねえ。」
「ハハハッ、何を言うか、太宰よ。初めて会うた時、心中して欲しいなどと言うようなそなたの突拍子の無さの方が敵わなぬよ。そなたが史上最年少幹部とは俄には信じ難いのう。」
親しげに話す2人の様子を助手席からバックミラー越しに芥川は眼を光らせていた。それに気付いた晶子はこちらを窺うその瞳を見詰め、ふっと微笑んだ。ハッとして芥川は眼を逸らした。
「どうした?妾と太宰が親しげなのが気に喰わぬのか?」
「ゴホンっ…、失礼致しました…。何でもありません。」
芥川はそのように答えると、窓の外に目をやった。彼は晶子の無垢な、殺意の一切込っていない微笑みに戸惑いと怒りを感じていた。
「ふふっ、さっきはそなたを狗と言うたが狗ではないのう。そなたは野良猫のようじゃ。猫好きの妾としては、これは益々太宰から譲り受けたいのう。」

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