第3章 憎悪と恩寵と思慕
一同はようやく車に乗り込んだ。玄関では爺やと婆やが見送っていた。
「さて、芥川。今日の妾の予定は何か聞いておるか?」
と、晶子が尋ねる。バックミラー越しに芥川は話しかける。
「本日の先生のご予定ですが、午前中は下級構成員達の訓練の指導、午後は首領と欧州視察の報告会だと伺いました。」
「うむ、ありがとう。して、そなたの今日の予定はどうなのだ?」
「僕に何か御用でしょうか。僕はあくまで太宰さんの部下です。例え貴女が太宰さんの婚約者だとしても、僕は太宰さんの許可なしに貴女の指示には従えませんし、貴女の質問に答える必要もありません。」
芥川は、晶子と出来るだけ会話を避けたがっているようだった。それは単に、朝の太宰との様子の事を思ったからではなく、晶子のように己が弱いと思った人物にずけずけと己の内に入られまいとする思いがあったからだった。すると太宰が口を挟んできた。
「芥川君、それは私の、君に対する態度への当て付けなのかい?全く君という男は。今日は私の事はいい、晶子に一緒に付いて少しは勉強してき給え。」
「しかし太宰さん、今日は大手の武器商との会合に僕も護衛として随行する予定では?」
ふぁ…っと欠伸をして、少し考えた後、太宰は答えた。
「君に守られる程、私はヤワじゃない。ましてや君は私に勝てたことが無いじゃないか。黒蜥蜴が居れば十分だ。それに交渉が決裂するとは考えにくいし、今のところ会合を襲撃する組織がいるなんて話もないしね。」
そう言うと、太宰はおやすみと手をひらひらさせ、居眠りを始めた。
「全く…。まぁ、そういう訳だ、芥川よ。今日は妾と一緒に行動して貰う。宜しく頼むぞ。」
バックミラーに写る不満そうな芥川に、にっこりと晶子は微笑んだ。