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卑しき狗の愛憎

第3章 憎悪と恩寵と思慕


「おお、太宰、爺やと何を話しておったのだ?随分と楽しそうではないか。早速婿いびりにあっておったのか?」
と、晶子が着替えを終え、食堂«ダイニング»へと戻ってきた。晶子は黒のスーツ姿だった。黒髪は昨日と打って変わって、下ろしたままで、紅は昨日よりも暗い色をしていた。素肌の上に襟だけが光沢のある生地を使ったジャケットを羽織り、ウエストにベルトを締め、手には黒革の手袋、細身のスーツのパンツに、黒の足首までのピンヒールのショートブーツといった出で立ちは、まるでファッションショーのモデルのような装いだった。

「晶子、酷いじゃあないか!私は爺やさんと貴女の婚約者«フィアンセ»として親睦を深めていたんだよ!それに、私は婿入りするのではなくて、晶子が私のお嫁さんになるだよ!」
と、太宰は頬を膨らませて抗議した。
「ハッハッハ、すまぬな。いやに楽しそうな声がしたので、思わずからかってみただけだ。それよりどうだ、巴里に行った時に新しく仕立てたスーツ。中々良いであろう?」
「へぇ、随分と洒落たスーツだけど、胸元がちょっと開きすぎだよ。婚約者«フィアンセ»として見逃せないねぇ。」
と、太宰はまだむくれた顔で晶子の姿を眺めていた。
「そうか?言われてみれば、そんな気もしないな…。爺やはどう思う?」
太宰と晶子の様子を微笑ましく眺めていた爺やは、急な問い掛けにゴホンと咳払いをし、
「そうでございますね、確かに胸元が少し開きすぎかと思いますが、大変姫様にお似合いだと存じます。」
とだけ応えた。
「爺やさん、晶子を甘やかしてはいけませんよ。私以外の男の目に晶子の肌を晒すなんて!」
と、さっきからかわれた事をまだ少し根に持っていたように悪戯っぽく太宰が言った。
「フフッ、そなたといると笑いが絶えぬな、太宰よ。妾の肌を勝手に覗くような輩はどのような目に遭うか分かっておろう?心配無用だ。それより、部下の芥川が今朝も迎えに来るのであろう?その前に朝食を済ませようぞ。」
こうして紫条家は、久しぶりに賑やかな朝を迎えた。
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