第2章 夢幻
「だからっ……」
「『熱湯』だろ?やってみろよ」
身の危険を感じて個性を発動する。しかし、私の手から流れてきたのはたった数滴のぬるま湯だった。驚いて自身の手を見つめる。今までこんな事無かったのに、などと悠長に考えている間に爆心地の大きな手が私の腕を掴んだ。そのまま凄い力でベッドに押し倒され、両手を縛られて頭上で固定される。
マウントポジションでドヤ顔をかます爆心地は爛々と光る三白眼で私を見つめた。ただ見られているだけなのに、身体が凍ったように動かない。『蛇に睨まれた蛙』という諺をこの身で体現する事になるなんて一体誰が予想出来ただろう。
「一日に放出出来る水の量は決まってる」
「何で知って……?!」
「プロヒーロー舐めんな」
私の個性は『水を生み出す』事。その温度や水圧、放出速度は自由自在だが、一日の水の放出量が25000Lに限定されている事は私の家族か担任の先生ぐらいしか知らない筈だ。そもそも風呂桶百杯分に当たる25000Lなんて一日そこらで使い切れる量ではない。しかし、私の手から水が出ない事の説明をするにはそれしか思い当たる節がなかった。
数十分前に一体何があったのか、頭の中に霧がかかったようで思い出す事が出来ない。怖いのは、その記憶を思い出せない事に対してなんの違和感も感じない事だ。頭の整理がつかずに目を白黒させる私を見て、爆心地は喉を鳴らして笑った。
「混乱するよなぁ?こんな所でいきなり目覚めて。でもなぁ……お前はこれから此処で生活するんだぜ?」
低く唸るような声に、鈍器で頭を殴られた様な衝撃が走る。目の前の男が何を言っているのか理解出来ない。息をすることも忘れて固まっている私を見て、爆心地はまたも愉快そうに笑った。
「まあ、俺にとっちゃお前の個性の弱点なんざどーでもいい」
暖かい手で私の頬を撫でながら、新しい玩具を見つけた少年のような笑みを浮かべる爆心地。そこに『正義』の面影はない。ただ淡々と獲物を捕食する獰猛な動物のそれだった。
「楽しもうぜ……星場スミレ」
低く、甘く囁いて、唇を重ねる。初めての行為に拒絶の意を示したが、頬を固定されてしまってはほぼ無意味だった。柔らかいその感触に気色悪さを覚える筈なのに、フワフワした気持ちがそれを阻害する。恐らくは個性を使い果たしたことが原因だろうと決めつけて。