第3章 変革
____二時間前。
「おっ、緑谷ー!」
「上鳴君!おかえり。早かったね?」
予定より早くヒーロー業務を終え帰宅した上鳴は、リビングのソファに座って読書をしている緑谷を見つけた。仕事終わりの上鳴を労ってか、緑谷は立ち上がって紅茶を煎れにキッチンへと姿を消す。その後ろ姿に感謝の意を述べつつ、上鳴は緑谷の座っていた向かいに腰を下ろした。
「そういやお前、今日はスミレと二人っきりだってはしゃいでたよな?もう抱いたのかよ?」
「……うん、まあね」
歯切れの悪い緑谷の応答に首を傾げる上鳴。カウンター越しに見える緑谷の顔はどこからどう見ても曇っていた。
「で、肝心のスミレは?」
「訓練場にいるよ。今頃特訓でもしてるんじゃないかな?」
「ふーん……」
あれ程まで昨夜浮かれていた緑谷のテンションの下がりように、何か裏があるのではないかと察した上鳴。かと言ってスミレ如きに緑谷をどうこう出来る訳がない、という矛盾が彼の中で生じていた。
マグカップを二つ持って戻って来た緑谷は、片方を上鳴に渡して元の位置に戻ると、読書を再開するでも無くぼけっと空中を見つめている。その様子に明らかな疑念を抱いた上鳴は、思い切って彼に詰め寄った。
「おい、本当にどうしちまったんだよ?スミレと何かあったのか?」
「……ううん、何でもないよ」
ぎこちない取り繕った笑みで言う緑谷の言葉に説得力はない。しかし、仕方の無い事だった。緑谷自身、彼の気持ちに整理がついていないのだから。
それでも、上鳴は少なからずスミレが関係していると思っていた。彼が此処へ帰ってくるまでは緑谷とスミレの二人しかこの施設に居ないからだ。そうと分かれば、上鳴の足は自然とスミレの方へ向かっていた。
____だったら、暴いてやる。
上鳴の頭の中は彼女への警戒心と敵対心でいっぱいだった。
この施設にいる五人のプロヒーローの中で、緑谷が一番彼女に執着していた。星場スミレという存在に。それがここまで彼を抜け殻にしてしまうものなのかと、一種の恐怖すら感じた訳だ。しかし、彼はまだ気づいていなかった。その中に少しの…………興味が含まれている事に。