第1章 羨望
某日某所、煌びやかなネオンが輝く街で、その事件は起こった。
「もっと血をぉ、浴びるほどの血をオォオォオォ!!」
夜空に向かって雄叫びを上げる異形型のヴィラン。蝙蝠のような羽を広げて飛び回るその姿に、道行く誰もが叫びながら逃げ惑う。そんな阿鼻叫喚の中、親とはぐれたと言う女の子を抱きかかえて、私は只管走っていた。色んな人にぶつかって弾き飛ばされそうになりながらも、女の子を必死に庇って逃げていた。……逃げていた筈だった。
「お前、美味そうだなぁ?」
いつの間にか頭上にいたヴィランに肩を掴まれる。そのまま真上に持ち上げられて、私の身体は宙に浮いていた。あまりに急な出来事で反応が遅れてしまい、女の子も巻き込んでしまった。今更反省しようがもう遅い。そんな事より、今はこの子を落とさないよう尽力すべきだ。
「おがあさあ゛あぁぁぁぁ」
私の腕の中で泣きじゃくっている女の子の背を撫でながら、どうにか安全にこのヴィランから離れる方法はないかと頭を捻る。私も一応ヒーロー志望なんだ。此処で勇気を見せないでいつ頑張るんだ、と恐怖でいっぱいな自身の心に鞭打って策を練る。しかし、現実とはあまりに無慈悲なものらしい。
「っるせぇガキだなぁ。もういらねー」
まるでゴミをゴミ箱へ投げ捨てる感覚で、ヴィランは持っていた私の肩から手を離した。重力に従って落ちていく身体。十階建てのビル相当の高さから落とされ、私の身体は更にその落下速度を上げていく。無謀だとは分かっているが、それでも女の子の頭を胸に抱えて死を覚悟したその刹那、
「ワン・フォー・オール……フルカウル!!」
空を割くような音が聞こえたかと思うと、私の身体は誰かに抱き留められ、先程の落下速度が嘘のように綺麗に地面に着地した。誰かが助けてくれたのだと理解するのに然程時間はかからなかった。
命が助かった事に涙しながらお礼を言おうと見上げた顔に思わず息を呑む。そこには、誰もが知っているであろう『ヒーローデク』の姿があった。濃緑を基調とした黒のラインが入ったコスチュームは画面越しに見慣れている。
「大丈夫?」
穏やかに笑った顔が眩しかった。これが『プロヒーロー』というものかと初めて実感した。