第7章 心の重力
煮えたぎって蒸発した理性を、ひとつひとつ取り戻すように呼吸する。僅かでも欲を満たそうと伸ばした両手が翠を捉えて、固く抱きしめた。彼女の首筋に顔を埋めると、甘く芳しい猛毒の香りが中也を満たす。
壊したくはない。かと云って手篭めにしたい訳でもない。唯、此の手の中で、中也を見ていて欲しいだけなのに、何故こうも上手くいかないのだろう。あらゆる欲が、彼女のすべてを得たいと、好き勝手に暴れ回る。
翠にしがみ付くようにして動かなくなった中也に、翠は不思議がって身体を離そうとするも、梃子でも動かないという態で、放そうとはしない。中原幹部と声をかけると、熊が起きたように、彼は半眼でもぞりと動いた。
「色気のねェ呼び方すンな」
此の状態で色気も何も有るまいよと俯く翠の耳に唇を押し当てて、彼は「中也」と自身の名を囁く。ぞくりと背中を滑り落ちる鳥肌と共に、耳朶を甘噛みされる快楽に、翠の口から嬌声が漏れた。
「早く、呼んでみろよ」
翠の濡れた耳に触れる吐息が冷たい所為で、指先まで痺れて力が入らない。中也に縋り付くようにして彼の名を口にすると、彼は満足そうに翠の唇を啄んだ。