第5章 偽りの目
迚も良い匂いがする。そう思って足を伸ばしたが、お目当の物には辿り着けなかった。エリスは空の器を傾けて、目線だけを樋口に向ける。
「これは、なぁに?」
お茶ですよと返事が聞こえるも、声の主は背を向けて、戸棚を漁っていた。確か此処にあるお菓子が美味しかったような…と心の声を駄駄漏れにして、甘味を物色する。
「ありましたよ!煎れ直しますから、お茶にしましょう!」
菓子の小箱をまるで優勝杯よろしく掲げ、樋口は鼻歌でも歌い出しそうな勢いで湯を沸かした。使いかけの茶葉の包装紙を見つけたエリスは、そういえばと小首を傾げる。
「この前チュウヤに貰った物と同じはずなのに、違う匂いがするのね」
何故と眉根を寄せるエリスに、樋口は銘柄の違いを指南する。使っている茶葉に寄って味も香りも変わるらしい。体を温めたり、鎮静作用が有るという。まるで薬のようだ。
少しはにかみながら、樋口は全て翠から教わったのだと白状した。翠の名を耳にすると、エリスの表情は、花が咲いたように綻ぶ。翠の側は、心地が良くて快いから大好きだ。其れを言葉にすると、素知らぬ顔で目線を逸らした芥川とは裏腹に、樋口はにっこりと笑って同意した。