第1章 Overture
「ほらほら、営業の邪魔ー。レディがお困りだ」
…また、その呼び方。
振り返ると、ギャラリー達は相手が刑事だと言うこともあってか、大人しく引き下がっていく所だった。
「どうせなら、珈琲を買って行きなよー。
ここの珈琲すっごく美味しいから!ハマるよー」
何かしらの意図があるのか、ないのか。
去っていく女の子達に笑って手を振る、男の笑顔からは何も読み取れない…
そして此方を向き直った、黒々とした瞳が、きらきらと降り注ぐ昼の光を吸い込んでは妖しく揺らめく。
「本当に美味しかったー!有難う、レディ」
「…有難うございます」
「ああ、この呼び方は留学していた時の名残で…ついつい出ちゃうんだよねー。
これからも通うつもりだから、名前教えてくれる?」
「な、名前…ですか?」
ワゴンのカウンターに肘をつき、顎を載せ。
押しの強い笑顔は、物言わずともじりじりと迫ってくるよう。
動揺をひた隠しにしながら、考える――
何の他意も無い、普段の私なら?
…何も考えず、教えているだろう。
「…です」
「おっけー、ちゃんね!
…可愛い名前」
可愛い、という言葉に。
昨晩のやりとりを思い返し、ざわざわと胸が騒ぐけれど。
よろしくね、なんて相変わらず笑いながら言う男に、愛想笑いを返すしか無いのだった。