第15章 DEAD APPLE
「最近、面白い異能者に遭ったんだ」
そう言った太宰の唇は楽しげに歪んでいる。
「そいつは人にリンゴ自殺をさせる。その内ヨコハマでも流行るかもね」
「自殺がか?」
あぁ、と答えた太宰は「素敵じゃないか」と無邪気に笑った。
太宰はいつもの調子だった。
織田作もいつもの冗談、いつもの軽口だと受け流した。
だから織田作は、いつもの様にバーの出入り口に顔を向ける。
「遅いな、安吾」
……ーーー
それは、もう戻らない、かつての日常だ。
「……安吾は来ないよ」
遠い昔の織田作に太宰は返答する。
「だが、代わりに……」
コツコツ…と階段を降りて来る足音。太宰はゆっくりとバーの出入り口に視線を向けた。
「待っていたよ、葉月ちゃん」
「マフィアを電話一本で呼び出すなんて、とんだ探偵さんですね」
「太宰さんだと判ってたら出なかったのに」と呟き乍、林檎酒の用意されていたスツールに腰かけた。
「判ってて来たクセに」
「私はなぁんも知りません」
葉月は目の前の林檎酒を見つめる。その器を見透かすように眺めてから、一気に煽った。空のグラスをカウンターに置こうとする。……が、突然の目眩に襲われた。
「あーぁ。随分と早い退場だなぁ……」
葉月が手にしたグラスが落ち、地面と中って砕ける。「ごめんね……中也…」と囁いて、葉月はカウンターに倒れ込み、意識を失くした。
アリッサムの花を添えたグラスの中で、氷が弾ける音が響いた。
「葉月ちゃんを心配しているのかい?織田作」
誰も手にすることのないグラスに視線を向け、問いかける。「君の云う事は正しい」と囁き、自らのグラスを手に取る。
「人を救う方が、確かに素敵だよ」
グラスの隣には赤と白の二色に彩られた薬らしきカプセルがある。
「……生きていくのならね」
太宰の手が、カプセルに伸びる。それをゆっくりと口へ運んだ。
「じゃあ、行くよ。織田作」
別れを告げ、 ポケットから"何か"を取り出し、カウンターに置いた。そのまま葉月を抱き上げ、振り返る事なく、太宰はバーを去る。
カウンターにはグラスと共に"ナイフの刺さった赤いリンゴ"が残された。