第10章 嵐の前の喧嘩日和
「ねぇ、治ちゃん。私、治ちゃんと一緒に探偵社に居たい。だから……そんな悲しい顔しないで」
葉琉がその表情を見るのは二度目だった。葉琉は優しく太宰の頰を撫でた。太宰は俯き乍、葉琉の手を握った。
「どうやら、まだ私は葉琉を手放したくはない様だ」
葉琉の手に鏡花から預かった猫のストラップを握らせる。
「大丈夫だよ。私はこれからも治ちゃんの側にいるよ。織田作に代わって大切な友達を守るから」
葉琉は優しく笑っていた。太宰もつられて微笑む。
「よし!治ちゃん、帰ろう!報告書放ったらかして来ちゃったから国木田君怒ってると思う」
葉琉は立ち上がり墓の前に回った。
「織田作、話聞いてくれて有難う。やっぱ織田作の言ったことは間違ってなかったよ」
ーー良かったな。
そう聞こえた気がした。
葉琉は元来た道をゆっくりと歩いて進む。太宰は墓の前でその背中を見ていた。
(やっぱり、葉琉の私に対する気持ちと、私が葉琉に抱く想いは違うのだね)
ーー偶には素直に伝えたら如何だ?
太宰にも、古き友人の声が聞こえた気がした。ハッと墓を見る。其処には物言わぬ墓標があるだけだった。太宰は其れを見つめ微笑んだ。
「織田作…君はいつも正しいよ」
「治ちゃーん!何してるのー?先行っちゃうよー!」
遠くからブンブンと手を振っている葉琉の姿が見えた。太宰は葉琉の方へゆっくりと歩いて行った。