第10章 嵐の前の喧嘩日和
ポートマフィアから脱出した葉琉と太宰は何処かの喫茶店に来ていた。洋菓子を突き乍、アイス珈琲を搔きまわす。あまり行儀の良い行為ではないが今の葉琉を咎める者はいない。
「まだ拗ねているのかい?」
葉琉の向かい側に座る太宰は困った様な笑みで尋ねた。葉琉は視線だけ太宰に向け珈琲を一口飲んだ。
「拗ねてるっていうか、なぁんか私の知らない処で事が進んでいるなぁと。治ちゃんが進めているんだと思うんだけどね」
「嬉しかった、嬉しかったけど…」葉琉は此処で言葉を切った。洋菓子を口に運び外を眺める。そう、驚きはしたが結果的に葉月と和解も出来た。
「相談も無しにこんな事をして済まないと思っている。薬の効き目はきれたかい?」
葉琉は自分の手を見つめ握って開いてを繰り返した。痺れはない。「問題ないよ」と答えた。
「葉月、大丈夫かな?私逃しちゃって」
「問題ないよ。あの子は上手くやるさ」
「……そう仕向けたんでしょ?」
「葉琉…」太宰は肩を竦めながら溜息混じりで呼んだ。
「言わなきゃ判らないよ。何がそんなに不満なんだい?」
頬杖をつき乍顔は外を向いたまま、横目で太宰を見た。葉琉が思っていることは単純な事だった。唯、自分が除け者にされているようで厭なのだ。だが、こんな子供っぽいことを言える訳もなく黙っていた。
特に太宰には言いたく無かった。また揶揄われるのが目に見えているからだ。
こういう時、葉月なら…否、葉月はこういう事にはならないだろう。早くに太宰の考えに気付き、流れに沿って行動する。葉琉は太宰や葉月の様に頭の回転は良くない。何方かと云うと中也と同じ様に考えるより行動する類だ。中也との喧嘩はお互い言いたい事言い合ってスッキリして終わる。
だが、治ちゃんは言い合う事もなく丸め込まれて終わってしまう。今回の件も何時もの様に言いたい事言って、丸め込まれればそれで終わりな筈だった。最初に余計な一言を発したのは葉琉だった。
「はぁ…中也とならこんな事にならないのに」
不意に口を突いた言葉。それは他人が聞き取れるか取れないか、それくらい小さい呟きだった。しかし、太宰はそれを聞き逃さなかった。