第9章 大切にするが故に
暫くすると、足音が近付いて来た。音だけでは誰かは判別できないが、人数は一人だ。足音は私の前で止まった。
「………葉琉…」
声を聞いた瞬間、息が止まりそうになった。忘れるはずがない。四年前までずっと一緒に居た人の声だ。
「…葉月」
目隠しの下から雫か流れた。どんどん溢れてきた。扉が開く音と共に躰を堅く抱き締められた。久々に感じた片割れの温もり、匂い全てが私の心を満たしていった。
● ● ●
太宰は未だ幽閉されて居た。まだ余裕があるのか欠伸をしている。
(予想通りなら今頃彼方も…)
少し考えてから自分に付けられている手錠を確認する。
「…頃合いかな」
「相変わらずの悪巧みかァ、太宰!」
近付く足音と共に聞こえた声。太宰の表情が強張る。
「…その声は」
「こりゃ最高の眺めだ。百億の名画にも優るぜ」
階段を降り乍、太宰を見下す様に笑いかける男、マフィア幹部の中原中也だ。
「最悪。うわっ最悪」
「良い反応してくれるじゃないか。嬉しくて縊り殺したくなる」
太宰は何時もの小莫迦にするような笑みを浮かべた。
「前から疑問だったのだけど、その恥ずかしい帽子どこで買うの?」
中也は呆れたように返す。
「言ってろよ放浪者。いい年こいて、まだ自殺がどうとか云ってんだろどうせ」
「うん」
「否定する気配くらい見せろよ……だが、今や手前は悲しき虜囚。なけるなァ、太宰」
中也は太宰の髪を鷲掴みにし、自分の元へ引き寄せた。
「否、それを通り越して少し怪しいぜ。丁稚の芥川は騙せても俺は騙せねえ。何しろ俺は手前の元相棒だからな。
何をする積りだ」
太宰は中也の手を振りほどき顔を離した。
「君達は揃って私を疑う事に生き甲斐でもあるのかい?
見たまんまだよ。捕まって処刑待ち」
「あの太宰が不運と過怠で捕まる筈がねぇ。しかも葉琉も一緒にだ。そんな愚図なら俺がとっくに殺してる」
「考え過ぎだよ。ていうか君、何しに来たの?」
中也は太宰を睨みながら「嫌がらせだよ」と答えた。