第8章 ヨコハマの破落戸
ーー探偵社近くの喫茶店ーー
「すンませんでしたッ!」
机に手を付き深々と頭を下げたのは谷崎。へ?とだらしのない返事が溢れた敦はなぜ謝られているのか理解していないようだ。
その様子を太宰、国木田、ナオミ、そして葉琉は見ていた。
「その試験とは云え随分と失礼な事を…」
「ああ、いえ良いんですよ」
「何を謝ることがある。あれも仕事だ、谷崎」
お茶を啜り乍、国木田は言った。その横では太宰が国木田の真似をして揶揄い始める。葉琉はその様子をアイス珈琲を掻き混ぜながら見ていた。
「ともかくだ、小僧。貴様も今日から探偵社が一隅、故に周りに迷惑を振りまき社の看板を汚す真似はするな」
太宰のお巫山戯から解放されたのか国木田が敦に告げる。
「俺も他の皆もそのことを徹底している。なぁ太宰」
「あの美人の給仕さんに『死にたいから頸絞めて』って頼んだら応えてくれるかなあ。あ、でもやっぱり死ぬなら葉琉と一緒が良いなぁ。ねぇ、葉琉」
「黙れ、迷惑噴霧器」
「私もヤダよ、治ちゃん。まだ死にたくない」
また始まった国木田の説教を横目に葉琉は呟いた。その様子を呆れてみる谷崎。二人はさて置きと自己紹介を始めた。
「改めて自己紹介すると…ボクは谷崎。探偵社で手代みたいな事をやってます。そンで、こっちが…」
「妹のナオミですわ。兄様のコトなら…何でも知ってますの」
ナオミは谷崎に抱きついていた。その様子を冷や汗をかきながら敦は見ている。そして、禁断の質問を口にした。
「兄妹ですか?本当に?」
「あら、お疑い?勿論どこまでも血の繋がった実の兄妹でしてよ?このアタリの躰つきなんてホントにそッくりで……ねぇ、兄様?」
ナオミは谷崎の服の下から手を忍ばせていく。谷崎も冷や汗でだらだらである。
「いや…でも…」
言いかけた敦と目が合うと、葉琉は首を横に振った。敦も察したのかそれ以上は何も尋ねなかった。