第1章 臆病な恋心
「莉菜さん」
とある日の昼下がり。
お遣いの帰りに市中を歩いていると背後から呼び止められ、心臓が音を立てる。
「佐助くん!」
振り返ると、私から数歩離れた場所に佐助くんが立っていた。
佐助くんは私の大切なお友達。
そして、大好きなひと。
「こんにちは。買い物中だった?」
「うん、秀吉さんにお遣いを頼まれて…!書道用品屋さんに筆と墨を買いに行ってたの」
胸の高鳴りを抑え、落ち着いて返事をするよう心掛ける。
「佐助くんは また安土の偵察?」
「まぁそんなところ。莉菜さん、もし時間があるならお茶でもどうかな」
「え、行きたいっ」
どうしよう、お茶に誘われてしまった!
(ふー…)
平常心、平常心。
佐助くんへの密かな恋心に、気付かれるわけにいかない。
「良かった。じゃあこの先のお茶屋さんに行こう。今日はちょっと人が多いから、はぐれないように手を繋いでもいい?」
手!?
「う、うん」
おずおずと左手を差し出すと、佐助くんの大きな手がすっぽりと包み込んでくれた。
とたん、顔に血が上ってきて火照り出す。
手を繋ぐのは佐助くんの親切心からだって、わかってるのに…
真っ赤な顔を見られないように、細心の注意を払って歩を進めた。