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暗闇の蕾【文豪ストレイドッグス】

第12章 DEAD APPLE


小さくなる葉琉の背中を、目を細めて見下ろす中也に、安吾からの通信が届く。

『中也君。葉琉さんには言えませんが、おそらく太宰君はすでに排除されています。この意味が判りますね?』

感情を押し殺して話す安吾の声を聞きながら、中也は自らの手套を剥ぐ。「構やしねェよ」と、口を動かした。

『いいのですか?報酬である僕の命を受け取っていませんが』

「思いあがんなよ」

中也が安吾の言葉を遮るように告げた。静かな声だけが安吾に届けられる。

「……六年前の手前は下っ端の潜入捜査官だ。澁澤の投入に反対しても、聞き入れられなかったんだろ?」

『……』

通信の向こうで、安吾が息を詰まらせる。「これは俺の戯言だが」と中也が独り言のように呟いた。

「太宰のポンツクは、あの中にいる。葉琉も直感で感じたンだろな。間違いねェ」

中也が見ているのは、ヨコハマを暴れまわる巨大な龍だ。龍の中に太宰が取り込まれていることを、中也と葉琉は直感で感じ取っていた。だから、葉琉は中也に太宰の事を頼んだ。中也もそれに応えたのだ。

「葉月が望んでこうなったのか、太宰に唆されたのかは知らねェが、取り敢えずあの木偶を一発殴らねェと気が済まねェんだよ」

宣言するだけして、「切るぞ」と短く云って通信を切る。

『ーー……頼みます』

己の無力を噛み締め、悲痛ささえ滲ませた安吾の言葉が、中也に届いたかは判らない。ただ、中也は自らの意思でもって鴻鵠の後部ハッチに立ち、下界を見下ろす。

「まもなく目標地点上空です」

その声にちらりと視線をむけた。背後にいたのは、長い髪をアップにまとめた吊り目の女性だ。背広を着こなす彼女の姿に、中也は僅かに考える素振りを見せたのち、眉を上げた。

「お前、あん時の嬢か」

「辻村です」

自ら名乗り、辻村は中也を見つめる。

「……本当に行く気ですか?」

「ああ」

「無理です!」

即答した中也を、辻村は目尻を上げて睨み付ける。

「下は地獄ですよ!」

中也は辻村の言葉を鼻で笑った。

「そういうのはな、ビビって帰っていい理由にゃなんねェんだよ」

端然と告げ、中也は一歩前へ踏み出す。

「ビビって帰っていい時はどんな時か判るか?」

「……判りません」

「ねぇよ、そんな時」

中也は躊躇なく床を蹴る。自らの進む道を確信しているかのように、空へと飛び立った。
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