第12章 DEAD APPLE
澁澤は目を見開き、ただただ茫然と目の前の情景を見ている。
こんなものは澁澤の予定の中に存在していなかった。戦慄する澁澤に、荘子がお伽話を聞かせるように語りかけた。
「融合の異能と、無効化の異能、相反する二つの異能が一つになり、特異点が生まれる。……人も異能も、何処までも強欲だ」
澁澤の視線が荘子に注がれる。この云いぶり、荘子にとっては想定内のことだったのだろうか。それともーーこれこそが二人の描く"あらすじ"だったと云うのか。
澁澤の視線がフョードルに移る。彼もまた、驚きもせずにこの状況を愉しんでいるかの様に思えた。
衝撃で言葉を紡げない澁澤の前で、フョードルが髑髏を取り出した。踵を鳴らし、澁澤に近付く。
「太宰君の異能を手に入れても、貴方が本当に求めているもの……"失われた記憶"は戻りませんよ」
「何故それを知っている!?」
澁澤の顔色が変わった。
「ご心配なく。貴方の失われた記憶は、ぼくが埋めて差し上げます」
どうやって、と、澁澤が問いかける猶予は与えられなかった。フョードルは笑い乍、隠し持っていた果物ナイフを手中におさめる。白刃が、澁澤の頸を斬り裂いた。
「な……っ!」
澁澤が両目を剥く。赤い血飛沫が澁澤の視界を覆った。
「それが死です」
フョードルの笑みが血の向こうに映る。「何か思い出しませんか?」
澁澤の耳奥で、轟々どう強い風が吹く。
「……そうか」
得心がいった。倒れる躰を自覚し乍、澁澤は思う。
「この感覚を……私は、知っている」
白い光が澁澤を埋め尽くす。
遠い記憶が、死とともに蘇る。