第12章 DEAD APPLE
太宰を刺した澁澤はナイフから手を離す。
太宰は崩れて落ちそうになり乍、胸を押さえて呻く。
「鍵は……閉めた筈」
視線を鍵を閉めた筈のフョードルに送る。フョードルは笑っていた。ーー澁澤に刺された太宰を見て、酷く面白そうな表情を浮かべている。それだけで、明らかだった。
「なるほど」と、太宰は呟く。
「ここで裏切りか……」
「云っただろう。余興は多い方がいいと」
荘子が微笑を床に倒れ伏す太宰に向けた。フョードルもまた、冷たい笑みを宿している。
「あなたが余興ですよ」
太宰は呆れた様に息を吐いた。
「こんな果物ナイフじゃ痛いだけだと思ったが……毒か」
「致死性の麻痺毒だ」
澁澤が嗜虐的な笑みを浮かべた。指一本、まともに動かせない太宰に囁く。
「味わえ。君の待ち望んだ死だ」
「何てこと……するんだい」
弱々しい声を出し乍も、太宰は皮肉めいた表情を崩さない。緩やかな死が、太宰を優しく包む。
「……気持ちいいじゃ、ないか」
薄く笑い、太宰が瞼を閉じる。細い呼吸が完全に消えた。
太宰の体から力が抜ける。
血溜まりに、ぼさぼさの蓬髪が沈んだ。
太宰治の、絶命の瞬間だった。