第12章 DEAD APPLE
中也の云ったことは全て正しかった。
政府は澁澤を手放せなかった。仕方なく、澁澤を遊ばせ続けた。"もしもの事態"に備えて澁澤を保護し続けた。
ーー国内に戻り、ヨコハマに攻め入るなどという暴走をするまでは。
政府にとっての誤算があるとしたら、そこだ。澁澤はやはり政府に飼えるような人間ではなく、さらに澁澤をヨコハマに案内した"共犯者達"の存在が誤算だった。
政府の意図も誤算も知った上で、安吾はゆっくりとこぼす。
「……すべては、この国の平和のためです」
安吾の言葉に中也の表情が険しくなった。安吾の胸倉を掴み、持ち上げる。
「言葉にゃ気を付けろよ、教授眼鏡……っ」
中也の眼に宿るのは紛れも無い殺意だ。
「手前らがヤツを寄越さなきゃ、俺の仲間六人は今も生きてたんだ」
「僕を殺しますか?」
宙づりにされ、苦しい呼吸の下で、安吾もまた真剣な眼差しを中也に向ける。
「構いません。貴方に依頼をすると決めた時点で、覚悟は出来ています」
「決まりだな」
決然と云い切った安吾に、中也は醒めた声を返した。乱暴に安吾の躰を放り投げる。中也は安吾を見下ろし、冷ややかに通告する。
「依頼は受ける。報酬は手前の命だ」
ぞっとするほと冷酷な表情を浮かべる中也に、安吾は息を詰まらせる。けれどそれでも、安吾に自分の言葉を翻す気は皆無だった。その時。
コンコンーー
乾いたノック音が室内に響く。音のした方へ視線を向けると、開け放たれた入り口で壁に背中を預けるように立つ、葉琉の姿があった。
「お取り込み中ごめんねぇ、お邪魔だったかしら?」
中也の放つ殺気を物ともせず微笑む彼女は、見た目の幼さと相まって無邪気に思える。その微笑みに、中也は既視感を覚えた。
先刻まで放っていた殺気が嘘のように霧散する。中也はがしがしと頭を掻きながら「手前も呼ばれたのか」と尋ねた。「まぁね」と答えた葉琉は床に倒れ込む安吾に手を差し出す。
「確かに探偵社と異能特務課は助け合ってきたけど、こんなマフィアの幹部と遣り合うのは御免だなあ」
葉琉の手を取り、安吾は立ち上がった。