第12章 DEAD APPLE
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霧の範囲外にある施設。止める言葉も手も全て無視し、ずかずかと先に進む。止められる理由は判っている。此処では明らかに自分は異物だ。しかし、そんなのは関係ない。何故なら、この先に自分を呼び出した人物が居るからだ。
中也は何の躊躇もなく扉を蹴り開けた。折れ曲がった扉が吹き飛ばされ、床を跳ねる。
ゆっくりと中に入り目的の人物を視界に捉えると脚を止めた。
「電話一本で俺を出前みてえに呼び出すとは、いい度胸じゃねえか」
此処は異能特務課の通信室。中では背広を着た、所謂"お役人"と呼ばれる人物達が作業を行なっていた。ポートマフィアの幹部である中也の登場に、異能特務課の職員が騒めく。
その中で、特に驚きもせず指令席から立ち上がった男ーー中也を呼び出した張本人である坂口安吾は、職員に席を外して貰うよう声をかけた。中也は黙って安吾を見据える。
やがて通信室から職員が去り、漸く安吾が中也に向かって口をひらいた。
「ここは政府の施設ですよ。こんな事をしてただで済むと思っているんですか」
「ただで済むかどうかを決めるのは俺だ。手前じゃねえ」
中也が安吾に、ギロリと鋭い眼差しを送る。
「貴方は僕に借りがある筈ですよ」
「それは手前の方だろ」
「……なんの話ですか」
眼鏡に光が反射し、安吾の表情は見えない。
「とぼけるんじゃねえ、俺が何も知らねぇとでも思ってるのか」
中也は凄みのある声で安吾に迫る。殺気を孕んだ瞳で「六年前の話だよ!」と安吾をねためつけた。安吾が静かに目を細めた。けれど口を開くことはない。
「だから手前はダメなんだ……!」
何も云わない安吾に焦れるように、中也が壁を殴りつけた。それでも安吾は動じない。淡々と「何がですか」と問いかける。中也が低い声で告げた。
「六年前の龍頭抗争で何十人も殺した澁澤……その裏で糸を引いてやがったのが、手前ら役人だろうが」
「……」
「お題目は街全体を巻き込んだ抗争を止める為だ。その為に澁澤を投入した。だがヤツは死体の数を増やしただけだ。それでも手前ら政府がヤツを守り続けたのは、ヤツが"国家規模の異能侵略"に対抗しうる貴重な異能者だからだ。だからヤツが国外で死体をいくら作ろうと、目を瞑るどころか尻拭いの証拠隠滅までする始末……泣ける話だぜ」
皮肉を込めた中也の嘲笑に、安吾は否定も訂正もしなかった。
