第12章 DEAD APPLE
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霧に飲まれた街、ヨコハマ。全く人気のない繁華街で、芥川は"何か"に警戒していた。
「!」
飛んできたのは黒帯の様なもの。芥川はぎりぎりでそれを躱す。戻っていく黒帯の方へ視線を向けるが、飛ばしてきた相手は霧に隠れて見えない。黒外套を翻し先に進む。背後からは"何か"が息を潜めて追いかけてくる。振り返る間も無く黒帯は芥川を捕え建物の壁に押し付けた。
「ッく!」
苦痛で歪む視界に捉えたのは人の形を模した黒帯の塊。額には赤い宝石が輝いている。芥川にはその正体が判っていた。
「……流石は僕の羅生門だ」
じりじりと距離を詰めてくる羅生門。捕らえられた芥川には抵抗する術が無かった。しかし、芥川の表情からは一切の諦めは感じられない。近付いてくる羅生門を鋭い眼光で睨みつけていた。
一瞬だった。何が起こったのか芥川自身にも判らない。気付くと躰を抑えていた黒帯は消え、目の前にいた羅生門も消えている。否、吹き飛ばされていた。
「ゴホッゴホッ…」
羅生門を襲ったのは体軀以上のコンクリートブロック。芥川はそのコンクリートブロックが飛んできた先を見据える。 ぼんやりと霧に浮かび上がる影は芥川も良く知る人物だった。
「随分と楽しそうじゃねェか、芥川」
「中也さん」
「御無事でしたか」と応えるとギロリと睨まれ「手前、俺を誰だと思ってンだ」と返された。よく見ると中也の周りには霧が触れていない。如何やら異能力で霧を避けているようだ。
「葉月さんも御一緒で?」
中也は帽子を深く被り直すと、芥川の質問には答えず「手前はヨコハマ租界へ向かえ」と告げる。
「そこに太宰がいる」
「太宰さんが!?」
「真逆…」と呟く芥川に中也は奥歯をギリッと噛み締め「その真逆だ」と怒りを滲ませる。
「葉月の居場所は俺にも判らねぇ。だが、或は……」
「中也さんもヨコハマ租界に?」
「いやァ、俺は別件で直ぐには行けねぇ」
はぁ、と溜息交じりで目を伏せ「だが、必ず向かう」と唸るように呟いた。