第12章 DEAD APPLE
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青白い満月が闇夜の霧を照らす。霧は雲海のように世界を覆い、涯が見えない。黒い塔が、霧から突き出て月へと延びていた。
不吉な塔で、宴が開かれる。
「太宰君」
塔の最上階のにある広間で、硝子張りの壁から地上を見ていた太宰に、後ろから声がかけられる。靴音を響かせて近付いてきたのは、白髪に赤い目をした男。澁澤龍彦だ。
澁澤が太宰に問いかける。
「そんなものを見ていて退屈ではないのか?」
「……退屈?」
感情の消えた顔で、太宰が問い返した。澁澤が頷く。
「ああ、私は退屈だよ」
澁澤と太宰の間にあるテーブルには、何故か髑髏が飾られている。髑髏を彩るように、周りには赤いリンゴが美しく盛り付けられていた。リンゴのうち二つには、ナイフが刺さっている。つい数秒前まで、リンゴに刺さったナイフは一本であったというのに。
澁澤はゆっくりとテーブルに近付き乍、囁くように続けた。
「一面の白と虚無……ざらつきしかない世界。今夜このヨコハマのすべての異能が私のものになるだろう」
詰まらなそうに、澁澤は予測を事実として語る。
「私の頭脳を超え、予想を覆す者は今回も現れない……実に退屈だ」
「私も昔、同じように退屈していたよ」
太宰が窓の外を見詰め乍答える。
「どう乗り越えた?」
「口で云うより、やってみせたほうが早い」
太宰が漸く澁澤の方を振り向き、テーブルに近付く。悠然とした仕草で、五つ並べられた椅子の一つに座った。そして、隣に座って眠り続けている葉月の頰を優しく撫でる。
澁澤は太宰の姿を見詰めたまま、何も云わない。
「ほら。現に君は今、私の真意が判らない」
太宰は葉月の頰から手を外し、穏やかに告げた。
「君に協力しているのか、利用して裏切る気なのかも」
太宰の視線は澁澤を見ておらず、声からは太宰の本音が読み取れない。けれど澁澤は、太宰の挑発に微笑みで応えた。
「読めないと思っているのは君だけだ」
太宰がそっと目を伏せる。
「やはり君には救済が必要だ」
「誰が私を救済出来ると云うのかな」
「さぁ……天使か」太宰がテーブルに飾られた髑髏を手に取る。「それとも悪魔か」
髑髏の頰には、斜めに走る傷があった。