第12章 DEAD APPLE
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点滅する街灯。冷たいアスファルト。雑多な景色を葉月は独りで歩いていた。
見慣れたバーの看板を見据え、扉を開ける。カランーーと鳴るドアベルに背中を押されて、通い慣れた階段を降りる。
降りた先には四年前と変わらず、同じ席に太宰が座っていた。
「待っていたよ、葉月ちゃん」
「マフィアを電話一本で呼び出すなんて、とんだ探偵さんですね」
太宰の隣のカウンターには、白いアリッサムの花が添えられたグラス。中には織田作が何時も呑んでいた蒸留酒が入っている。更にその横には、何時も葉月が呑んでいる林檎酒が置かれていた。
葉月は迷う事なく、林檎酒が入ったグラスの前のスツールに腰かけた。
「太宰さんだと判ってたら出なかったのに」
「判ってて来たクセに」
「私はなぁんも知りません」
用意されていた林檎酒を見つめると小さい溜息が出る。無視してやれば良かった。そんな事を思っても今更の話である。葉月は一気に林檎酒を飲み干した。
ーーそれなら一層の事……
グラスを持つ手に力が入らない。視界がぐにゃりと歪み目を細める。
「あーぁ。随分と早い退場だなぁ……」
ーー退場…?違う。これは登壇だ。
手からグラスがスルリと落ち、地面に中って砕ける音がした。
ーー貴方の舞台で踊ってあげますよ。太宰さん。
「ごめんね……中也…」
ーーまた、心配かけちゃうね…。
葉月はカウンターに身を預け、意識を手放した。
アリッサムの花を添えたグラスの中で、氷が弾ける音が響いた。
「葉月ちゃんを心配しているのかい?織田作」
誰も手にすることのないグラスに視線を向け、太宰が問いかける。「君の云う事は正しい」と囁き、自らのグラスを手に取る。
「人を救う方が、確かに素敵だよ」
グラスの隣には赤と白の二色に彩られた薬らしきカプセルがある。
「……生きていくのならね」
太宰の手が、カプセルに伸びる。それをゆっくりと口へ運んだ。
「じゃあ、行くよ。織田作」
別れを告げ、 ポケットから"何か"を取り出し、カウンターに置いた。そのまま葉月を抱き上げ、振り返る事なく、太宰はバーを去る。
カウンターにはグラスと共に"ナイフの刺さった赤いリンゴ"が残された。