第6章 時として望まぬとて
中也は怒りで崩れ落ちた。
「死なす…絶対こいつ死なす…」
「おっと、倒れる前にもうひとつ仕事だ。鎖を壊したのは君だ。私がこのまま逃げたら、君が逃亡幇助の疑いをかけられるよ?君が云う事を聞くなら、探偵社の誰かが助けに来た風に偽装してもいい」
中也は立ち上がり乍、「それを信じろってか」と尋ねた。
「私はこういう取引では嘘をつかない。知ってるとおもうけど」
「……望みは何だよ」
「さっき云ったよ」
中也は外套を拾い身を翻して歩き出した。
「人虎がどうとかの話なら芥川が仕切ってた。奴は二階の通信保管所に記録を残してる筈だ」
「あ、そう。予想はついてたけどね」
「他に聞くことがあるんじゃねぇのか?」
「なんのこと?」
「葉琉の事だよ」
「そっちは大丈夫。葉月ちゃんが如何にかしてくれるよ」
中也は立ち止まりゆっくり振り返った。その目には一度消えた殺気が籠っていた。
「手前、葉月まで巻き込んだのか」
「巻き込んだなんて酷いな。あの日から葉月ちゃんが塞ぎ込んでると思って機会を作ったのだよ」
「…葉月は連れて行かせねぇぞ」
「それを決めるのは葉月ちゃんだよ。でも、先刻の感じだとまだ此処に居たそうだったけどね」
「チッ…用を済ませて消えろ」
中也は降りてきた階段を登り始める。
「どうも、でもひとつ訂正。今の私は葉琉との心中が夢なので、君に蹴り殺されても毛ほども嬉しくない。悪いね」
「あ、そう…その言葉そのまま葉月に伝えといてやるよ。殺されても知らねぇぞ」
「え、中也。それは止めてくれない?葉琉と同じく葉月ちゃんも怒ると怖いんだよ?」
「知るか!バカヤロウ!
云っておくがな、太宰。これで終わると思うなよ。二度目はねぇぞ」
「違う違う、何か忘れてない?」
中也はわなわなと震えだした。そして、決意した様にくるりと太宰の方を向き、内股にし「二度目はなくってよ!」と叫んだ。
部屋には太宰の笑い声が響いた。