第5章 虎穴に入らずんば人虎を得ず
人虎の絶叫が轟いた。片足を失った人虎にはもう抗う術はない。芥川もそれを疑わなかった。ーー筈だった。人虎の表情は変わり、獣のそれと変わらない。両手の指を壁にめり込ませ威嚇の体勢を取る。それでも変化は止まらず、段々と虎の姿に変わっていく。芥川はそれを眺めていた。
「そうこなくては」
小さく呟いた瞬間、虎は芥川に向かって突っ込んで行った。羅生門で噛み付くが、虎は瞬時に再生する。直ぐに傷跡も無くなる。
「芥川先輩!」
「退がってろ樋口。お前では手に負えぬ」
虎は先刻より更に速く芥川に飛びかかる。流石の芥川も避けきれないと、『羅生門』で防ぎに掛かかる。しかし、虎は『羅生門』ごと芥川を吹っ飛ばした。
「おのれ!」
芥川が吹き飛ばされた光景に堪らず樋口は短機関銃を手に取り、虎に向けて発砲した。だが、弾は虎には通らず弾かれる。 虎はギロリと樋口に狙いを定めた。
「何をしている樋口!」
異能力ー羅生門・顎
樋口に飛びかかろうとしている虎の胴体が二つに避けた。
「ち……生け捕りの筈が」
目の前で倒れる虎の死体、それはサラサラと幻の様に消えていく。
異能力ー細雪
赤毛の少年が痛みに顔を歪め乍、笑っていた。
「今裂いた虎は虚像か!では……」
後ろから獣の気配を感じた。芥川はニヤリと振り返る。
異能力ー羅生門・叢
芥川の外套が鋭い爪を模した形をとる。向かってくる虎と対峙した。虎と羅生門が衝突しようとしたその時ーー
「はぁーいそこまでー」
二つの異能の間には探偵社の軽薄な男が二つの異能を止める様に立っていた。その顔には余裕の笑みがある。男に触れると芥川の『羅生門』は消え、虎も少年に戻った。
「貴方探偵社の…!何故ここに」
「美人さんの行動が気になっちゃう質でね。こっそり聞かせて貰ってた」
男は懐からヘッドホンと受信機を取り出し、樋口に見せた。
「…真逆!」
樋口がポケットを確認するとそこには盗聴器が仕込まれていた。
「では最初から、私達の計画を見抜いて…」
「そゆこと」
男はにっこりと笑っている。そして、樋口の更に奥の空間を見つめた。
「何時まで隠れている心算だい?」
「あら。バレていたのですね」
スッと現れたのは葉月だった。芥川も、勿論樋口も気付いていなかった。それ程完璧に気配を消して隠れていたのだ。