第5章 虎穴に入らずんば人虎を得ず
ゴホゴホと芥川の咳の音だけが路地に響く。
樋口は芥川に駆け寄ると自分が人虎を捕らえると告げる。その瞳には焦りの色が見えた。しかし、その言葉を阻むように芥川の平手が飛んだ。
「人虎は生け捕りとの命の筈。片端かは撃ち殺してどうする。役立たずめ」
「……済みません」
樋口は力なく答えた。
「人虎…?生け捕り…?あんたたち一体」
「元より僕の目的は貴様一人なのだ人虎。そこに転がるお仲間は、いわば貴様の巻き添え。貴様は生きているだけで周囲の人間を損なうのだ」
人虎の顔から血の気が引いていく。呆然と、芥川の言葉を聞いていた。
「『羅生門』」
芥川の外套に顔のようなモノが浮かび上がり、人虎に向かって飛んで行った。それは人虎の足元を削って芥川の元へ戻って行った。
「僕の『羅生門』は悪食。凡るモノを喰らう。抵抗するならば次は脚だ」
先刻まで弱々しく呆然としていた人虎の瞳に光が宿った。
「うわぁぁぁぁああああ!」
真っ正面から芥川へ向かっていく。そんな人虎に向かって容赦なく『羅生門』が飛んでくる。人虎はそれを屈んで躱し、そのまま潜るように芥川の横を抜けた。手には先刻樋口が使用していた短機関銃。芥川の後ろへ回りその短機関銃の引き金を引いた。
ガガガガガーーー
全弾命中ーの筈だった。しかし、それは『羅生門』により中る寸前で止められた。
「今の動きは中々良かった。しかし、所詮は愚者の蛮勇。
ーーそして僕、約束は守る」
一瞬だった。芥川の『羅生門』が人虎の右脚を喰い千切った。