第5章 虎穴に入らずんば人虎を得ず
ガガガガガーーー
路地に連射された発砲音が響く。一番前にいた赤毛の少年に向けて撃った弾は少年には中らず、少年を庇うように立ち塞がった学生服の少女に中った。
「兄様……大丈…夫?」
「ナオミッ!」
目の前で撃たれた少女を抱え半狂乱状態の少年と、予想だにしない出来事で呆気にとられる人虎。樋口は次の弾を補充し少年の頭に銃を突き付けた。
「そこまでです。貴方が戦闘要員でないことは調査済みです。健気な妹君の後を追って頂きましょうか」
少年はゆっくりと振り返る。その目には鋭い光が宿っていた。
「あ?チンピラ如きがナオミを傷つけたね?」
ゆっくりと立ち上がり樋口に向き直る。腕には妹、ナオミを抱えて。
「『細雪』」
周りの空間が変わり、ふわふわと何かが降って来た。
(雪…?この季節に?)
少年は人虎に声を掛けた。
「敦くん、奥に避難するンだ。こいつは、ボクが殺す」
その瞳は獣とも悪魔とも取れる殺気に満ちていた。殺らなければ殺られる。そう思わせる瞳だ。樋口は堪らず銃を連射した。少年に中ったと思われた弾は少年を突き抜けて地面に中った。
「!?」
「ボクの『細雪』は、雪の降る空間そのものをスクリーンに変える」
「何処だ!」
辺りを見回すが少年の姿は見えない。
「ボクの姿の上に背後の風景を『上書き』した。もうお前にボクは見えない」
「姿は見えずとも弾は中る筈っ!」
全方位に銃を乱射する。
「大外れ」
その言葉と共に背後に気配を感じた。気が付くと背後から樋口の首に手を回している。
「死んで終え!」
少年は容赦なく手に力を込める。樋口の細い首がキリキリと締めていく。だが、その手は力なく外れ、少年は倒れた。
少年の後ろには樋口の上司、芥川がいた。芥川の黒外套から鋭い爪のようなモノが出ており、それが少年の身体を突き刺している。
「死を惧れよ。殺しを惧れよ。死を望む者、等しく死に望まるるが故にーーお初にお目にかかる、僕は芥川。そこな小娘と同じく、卑しきポートマフィアの狗」