第2章 ***
(…あれ……?)
エレベーターを下りマンションの廊下を歩いていると、前方に見慣れた姿を見つけた。
自宅に入ろうとしていた水戸さんだ。
「こんばんは」
「っ…、飛鳥くん……」
俺の姿に一瞬驚いたような表情を見せた彼女だがすぐに笑顔を作る。
けれどその目元はひどく赤かった。
ひょっとして、ついさっきまで泣いていたのだろうか…?
「…水戸さん……?」
「お、お帰りなさい…今日はずいぶん遅かったのね」
俺に悟られないよう、普段通りに振る舞おうとしている彼女。
けれどそんな下手な演技で俺は誤魔化されない。
「…何かあったんですか?」
「っ…、別に何も……」
「目が赤いですよ…泣いてたんでしょう?」
「…!」
気付けば俺は、自分でも驚く程大胆な行動に出ていた。
そっと彼女の手を取る。
その涙の理由を知りたくて…
「…良ければ話…聞かせてくれませんか?」
「……、」
「話すだけでも気が楽になるかもしれませんし…」
我ながら強引かとも思ったが、自分の意志に関係なくスラスラとそんな言葉が口から出てきた。
躊躇っていた彼女は少し考えた後小さく頷く。
そして俺を部屋の中へ通してくれた。
「あの…今日旦那さんは?」
時刻はもう19時を回っている。
この時間なら彼がいつ帰ってきてもおかしくはない。
別に下心があった訳ではないが、俺が部屋に上がり込んでいると知れば旦那さんも気を悪くするだろう。
「彼ならまた出張よ…。本当にただの出張なのか分かったものじゃないけど…」
含みのある言い方……彼女の涙の原因と関係があるのかもしれない。
お茶を淹れてくれた彼女は、俺の隣に腰を下ろし深い溜め息をつく。
「私もまだまだね…。ひと回りも年下の男の子に心配されちゃうなんて…」
「……、旦那さんと何かあったんですか?」
ここまで来て言葉を濁しても意味はないと思い、俺は単刀直入にそう尋ねた。
彼女も今更隠す気はないのか静かに頷く。
「彼ね…私に隠れて浮気してるの」
「…え……?」
「出張って言うのも半分は嘘。この間の出張だって本来は1週間だけだったはずなのに、私に嘘ついて2週間も家を空けてたのよ」
「…で、でも……水戸さんの勘違いって可能性は……」
「そうだったら良かったんだけどね…」
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