第2章 きみの名前
針金のネットの向こうにいるその姿は、白く眩しい帽子を取って汗で濡れた額を拭っている。
どうして目を離すことができないんだろう。
まるで時が止まってしまったかのように、はただその姿を見つめてしまった。
「ねえ」
突然、向こうから発せされたその言葉には慌てふためく。
その声が自分に対してなのかなんなのかわからないままに辺りをきょろきょろと見回して。
さらに意味もなく髪をさわったりして。
「なんでそんなに見んの」
帽子を右手に持ち、左手はテニスラケットを担いだその姿。
それは、にこりともせず、を見つめる。
無愛想な声と、顔。
なのに、どうしてこんなに気になるんだろう。
それを見つめたままただ瞬きをした。
「別にいいけど」
変わらず無愛想な声。でもどこか・・・どこか響く声。
背中を向けて、右手に持っていた帽子を放り投げた。
放物線を描いた帽子はふわりと落ちて。
そのまま足元に転がっていたボールを拾い上げ青い空に高く投げた。
汗が飛ぶ、彼の黒い髪。
わずかに乱れて揺れる。
落ちてきた黄色いボールを思い切りラケットの面に当てて。
先程と同じようにスパーンと音をたてた。
「すごい・・・」
黄色いテニスボール。
テニスなんてまったくわからないけれどとにかく彼が凄いってことだけはわかって。
きっと、すごく強いんだろうなあってそれだけはなんだか実感できた。
「あ、あの!!」
針金のネットを思い切り掴んで気づけば呼んでいた。
彼は後ろを向いたまま振り上げたラケットを下ろす。
それが話してもいいという、彼なりのサインなんだろうとは思った。
「な、名前・・あなたの名前を教えて・・ほしい・・」
声の最後尾は多分聞き取れないだろうと思う程か細くなっていた。
今、出会ったばかりで。
ろくに話もしないで。
なのに。
名前を聞きたくなった。
急にさわさわと風が吹き出して、周りの木々が揺れて音を立てる。
何か言って。
この沈黙を破って。
「リョーマ」
ぼそりとつぶやく様に、リョーマは言った。
確かに聞こえたその声。
そしてまた、黄色いボールを力強く打つ。