第11章 予定外の幸福
コンコン、病室の扉を誰かが控えめにノックした。
菜花ちゃんかも、と一瞬心躍って飛び起きたが、嗄れた声で俺の本名を呼びながら入ってきたのは看護師のおばちゃんで、俺はあからさまに落胆する。しかし、そのすぐ後に「可愛い彼女さんがお見舞いに来てらっしゃいますよ」との言葉に、そわそわ扉の向こうを見た。
「春人くんっ」
不安そうな様子で病室に入ってきた彼女は、思わず嬉しくなって手を振る俺の姿を見て、ほっと安心したように微笑んだ。
彼女をここまで案内してくれた看護師のおばちゃんは、にまにま笑いながら「ごゆっくり〜♡」と余計な一言を残して病室を出て行った。ご丁寧にきっちりと扉を閉めて。
俺は近くの丸椅子をベッド近くまで引き寄せて、ほらほらこっち座って、と彼女を歓迎する。しかし彼女は椅子ではなく、ずるずると脱力するように床へ座り込んでしまった。
「よかっ、たあ……」
ベッドの端を両手で掴み項垂れる彼女から、そんな震えた声が吐き出された。ぐす、と鼻をすする音も聞こえる。泣いて、いるのだろうか。
「……菜花ちゃん」
ぐすぐすと真っ白なシーツを涙で濡らす彼女を見て、ちくり、胸が痛んだ。同時に幸福感を覚えてしまう自分もいて、ますます申し訳なくなる。自分の為に泣いてくれることが嬉しいなんて、全く最低の恋人だ。
「心配かけて、ごめんね」
小声でそう言いながら、彼女の長く美しい黒髪をさらさらと撫でる。