第2章 【02】魔法の鏡は誰のもの?
どたどた。
カカカッ。
ばたばた。
騒がしい足音の合間に軽快なリズムを刻んでナイフが壁に刺さる。ベルフェゴールは新たなナイフを取り出すと、前方を走り抜ける人物に狙いを定めた。廊下の角を曲がるときに走るスピードが緩む一瞬――彼はそれを見逃さない。無慈悲な指先が放ったナイフの切っ先は、真っ直ぐに相手の心の臓へ向かっていった。
カカカッ。どたばた。
「べ、ベルくん待って!」
「刺さるまで待たねー」
「刺さってからじゃ遅いよ!」
アジトを駆け抜ける氷雨とベルフェゴール。彼らが進む先には不自然なほど人通りがなく、通りすぎた後には無数のナイフが残る。大変非常識なことに、ヴァリアーアジトではわりと見慣れた光景である。
彼らの足音を聞きつけるなり、他の隊員は近くの部屋へ避難して嵐――もとい、二人が通りすぎるのを待つ。そして、嵐が過ぎ去ればまた業務に戻るのである。
「お二人は今日も調子が良いようだ」
「まったくだ。あの身のこなしは見習わねば」
呑気にそんな会話をしている者達もいるほどであった。そうこうしているうちに壁や床に刺さるナイフは増え続ける。一度に投げられるナイフの数も増えていた。
「さっさと当たれっ、つーの」
「無理な相談…、わっ!」
二つ目の角を曲がろうとしたときに氷雨は突然足を止める。奇しくもベルフェゴールが四本のナイフを投げた直後のことであった。ナイフは彼の狙ったとおりの軌道で氷雨に向かっていく。「え、やっべ」と些か上擦った声がこぼれた。
そのとき、曲がり角の向こうから現れた剣がナイフを叩き落とした。からん、と音を立ててナイフが床に落ちる様子を、二人は呆然と見ていた。
「会議の時間だ、資料はできてんのかぁ?」
「……あ、うん。できてるよ、これ」
「じゃあ行くぞぉ。ベル、おまえもだぁ」
「……ちっ」
スクアーロは壁や床のナイフを見回した後にベルフェゴールへ目を向けた。案の定、玩具を取り上げられた子供のような顔をしたベルフェゴールは頭の後ろで手を組んでこれ見よがしに舌打ちをする。スクアーロは、眉間に皺を寄せたまま踵を返して歩き始めた。