第3章 (1) Forget-me-not
ガタンガタンと電車が揺れる。
体に振動が響く中、私はただただぼーっと窓から空を眺めていた。
「…透ちゃん、大丈夫?」
隣の席から心配そうに声をかけられる。
それは私の憧れのその人、玲ちゃんだった。
「ごめんね、急に引越しなんて…しかも就活中の忙しい時に…」
「玲ちゃんのせいじゃないよ…」
宮瀬さんとの出会いから数週間程たった今日。
私は約束を果たすことなく引っ越すことになった。
事の発端は先週、玲からの電話。
内容は『透ちゃんが薬効体質かもしれない』というものだった。
実は少し前に玲ちゃんの職場からのお願いで、親戚一同で血液検査をされたのだ。
なんで私達も?と疑問には思ったが、その時は素直にそれに従った。
それがなんと玲ちゃんが貴重な薬効体質で、私達親戚もその体質を遺伝として受け継いでいる可能性を調べるために検査されていたらしいのだ。
まず玲ちゃんが薬効体質というのを知らなかったのでそこから驚きなのだが、なんと私にも玲ちゃん程ではないが薬物に強い遺伝子を持っていることが分かったのだ。
そして貴重な薬効体質は麻薬を取り締まるマトリの他に、麻薬を悪用する悪い人達が喉から手が出るほどほしい人材。
厚生労働省の指示により、私は安全の為、玲ちゃんやマトリの皆さんの目の届く場所で暮らすことになってしまったのだ。
つまり今でのように一人暮らしをするわけにはいかない。
宮瀬さんの庭の世話をすることも、もうできないのだ。
しかも、引越しが決まってから実行されるまでが早すぎたせいで宮瀬さんに直接別れを言うこともできなかった。
縁側に置いてきた別れの手紙、彼は気づいてくれるだろうか。
…実感が湧かない。
宮瀬さんやあの庭との別れも、自分の薬効体質の可能性も、全てが嘘のようだった。
もしかしたら宮瀬さんは少女漫画に影響された私が見た幻想なんじゃないだろうか…。
そこでふと、庭に咲いたあの勿忘草のことを思い出す。
勿忘草の花言葉って…そういえば…。
『私を忘れないで』
…宮瀬さん、私のこと忘れないでくれるといいな。
あの優しい時間が現実だと教えてくれるように、私の胸がぎゅっと痛んだ。
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