第4章 白昼夢幻想曲2(烏養繋心)
夢を見ていた気がする。
名前を呼ばれながら、優しく抱かれる夢。
はしたない、けれど、幸福に満ち溢れていた。
壁に掛けた制服を着て、朝食を食べにサンルームへと降りる。
コンクールが近い家の中は、決まっていつも空気が張り詰めている。
(嫌い)
虚しくもそう思うが、解決なんてするわけではない。
母に紅茶だけでいいと伝えるとすぐに出てきた。
「練習してから出なさい」
わかってる、と返事するかわりに、カップの朝食を飲み干してさっさと相棒に向かった。
スカートのポケットから飴を取り出し、譜面台に乗せる。
いとおしい。恋しい。
それだけで、うっとりした気持ちになる。
穏やかになれる。
張り積めた糸が感じなくなる。
指ならしに好きな歌手の曲を奏でた。
寝起きの指の関節は、石のように動かない。
馴らすように少しずつ動きを付けていく。
そのまま課題に入る。
(嫌い)
母と父の空気が張る。
だから家で弾きたくない。
譜面台の苺柄が目に入るだけで、少し落ち着く。
穏やかに、冷静に、一音も落とさずに…。
私は両親の才能を継げなかった。
今回も、入選出来るかどうか。
「リズムずれてるわよ」
「うるさい」
「一音足りない」
「うるさい」
「そこ遅い」
「もう、学校でやる」
「あなた最近そればかり…」
「話し掛けないで」
蓋を閉めるのと同時にそう言った。
合図のつもり。
キャンディをスカートにしまい、鞄を持って出掛ける。
「今日は何時に帰ってくるの?
最近寄り道したり帰ってこなかったり…」
ぐちぐち言っているところで、母が心配しているのはコンクールだけ。
私には、興味がない。
私も、ないけれど。
寂しさに似たイライラを募らせて、黙って家を出た。
(嫌い、嫌い!)
楽譜を捨てた次の日には、新しいのが用意されていた。
その時に察した。
(この人たちは、私の命より世間体なんだ)
散々天才だと持て囃してきた娘がこれでは、示しがつかない。
私は、天才にはなれなかった。