第1章 王子と気まぐれ姫(菅原孝支)
どきどきする、緊張する、汚い言い方をすると、口から心臓が出そうだ。
何回もこの家に泊まりに来ているはずなのに、毎回1歩が踏み切れない。
「菅原くん、お風呂どーぞ」
「あ、は、はいっ!」
思わず敬語が出てしまうほどだ。
念願叶ってやっと恋人になれたのに、一緒にいるのは緊張してしまう。
悲しきかな、長年の片想い体質。
コンクリートの打ちっぱなしになっている風呂場は、まるで彼女に似合わない。
なのに、そこに充満している香りは確かに彼女のもので。
未だに信じられないと思っている。
同じ屋根のしたで寝泊まりして、こうして生活環境も共有しているということ。
お湯になるのが遅すぎる古い湯沸し器は、今俺の頭を冷やすには、かなり好都合だ。
「おかえり、綺麗になったね」
子供をあやすかのようにさんは俺の頭をタオルで拭く。
(ほんと、こういうとこ……)
さんは、彼氏の俺が言うのもなんだけれど、凄くモテる。
可愛いけど、国が傾くほどの美女でもなく、スタイルが抜群にいいわけではない。
けれど、このぶりっ子と媚を間近で見られるなら金を払ってもいいとすら思わせる雰囲気。
それこそが、人を虜にする彼女の魅力。
家庭環境が少し悪かった彼女は、高校から一人暮らしを始め、色んな男と交際をしたが上手くいかなかった。
同じ中学から片想いしていた俺は、彼女の用心棒だった、はず。