第10章 慈雨
【雅紀】
手を強く握りながら、俺はつい数十分前のことを思い出してた。
『…も……いや…』
無理やり部屋へ引っ張ってきて。
父ちゃんが持ってきてくれた餃子を焼いてる間、ずっと思い詰めたような顔で俯いてた松潤は、湯気の立った餃子を見ながら、ぽつんと呟いた。
『えっ?なに?』
よく聞き取れなくて、聞き返すと、ゆっくりと顔を上げて俺を正面から見つめて。
ニコリと笑った。
『も、いい。俺もう、智のこと諦めるわ』
『え、ええっ!?なんで!?』
唐突な言葉に、俺の方があたふたした。
『なんで、相葉くんが焦ってるんだよ』
『だって!だってさ!そんな、無理やり気持ちを抑えつけなくていいんだよ!?無理やり抑えつけたら…松潤の気持ち、迷子になっちゃうじゃんっ!』
無理やり抑えつけないで、いつもみたいに言いたいこと言えばいいじゃん!
かっこ悪く追い縋ったっていい
ちゃんと心を開放してあげないと
いつまでだってツラい気持ちが残っちゃうから…
『別に…大丈夫だよ…。迷子になんか、なんねーし』
『なるよっ!』
『ならない。だって、智を好きだって気持ちは、まだここにあるもん』
どこか諦めたような静かな声でそう言って。
大事そうに右手の手のひらで胸の上を押さえる。
『だったらさ…』
『でも…もう、俺の好きだった智は、消えちゃったから』
『え…?』
『今さ、相葉くんがキッチンで楽しそうに餃子焼いてるの見て…昔、智が楽しそうに俺のために料理作ってくれたこと、思いだしてた』
『…松潤…』
『いつも作ってもらってばっかりだからって、珍しく張り切ってさ…その時の智、すごくすごく幸せそうで…。それを見てるだけで、俺も幸せだって思えた。智が作ってくれたクリームシチューを並んで食べて…あんな美味しいもの、食べたことなかった…』
泣くだろうと思ったのに。
あろうことか
松潤は幸せそうに微笑んだ