第10章 慈雨
【智】
目の端に、潤がそっとスタジオを出ていくのが見えた。
「…智くん、集中して?」
思わずそっちに意識を取られかけた俺の耳元で、翔くんが囁いて。
慌てて、撮影用の笑顔を貼り付ける。
潤…
思ったより元気そうだったし、いつもの潤に戻ったみたいに見えたけど…
ざわざわと心がざわめくのを必死に聞かない振りをして、撮影を続けた。
ちらりと横目でスタジオの隅を見ると、相葉ちゃんの姿もない。
もしかして、潤の傍にいてくれてるのかな…?
「…智くん…」
「あ、ごめん…」
「はい、じゃあ最後、大野くんを櫻井くんが後ろから抱きしめる感じで!」
カメラマンさんの指示に、翔くんが俺の後ろに回り込んで。
ふわりと優しく俺を包み込んでくれる。
翔くんの匂いが、鼻をくすぐって。
急に、体が熱くなった。
「…笑って」
耳元で翔くんが囁くたび、熱い吐息が耳に触れて。
鼓動が早くなる。
なに、これ…
まるで、中学生みたいじゃん…
潤にごめんって思ってるのに
翔くんにはこんな風にドキドキしたりして
俺って最低だ…
気を抜くと泣きそうになるのを、腹にぐっと力を込めて堪えて。
なんとか最後まで笑顔を作った。
「はい、オッケーです!お疲れさまでした!」
カメラマンさんの声に、ホッと息を吐く。
「お疲れさま」
翔くんが、ぽんっと俺の背中を軽く叩いて。
今まで包み込んでいた腕を解く。
それが寂しいって思う俺は
なんてバカなんだろう…
「…智くん?どうかした?」
「ううん、なんでもない…」
「そっか。じゃあ、戻ろうか」
さっと踵を返してスタジオを出ていこうとする背中を、追いかけようとしたけど。
なんでか、足が動かなくて。
俺は一人、その場に立ち尽くした。