第10章 慈雨
彼の車で、事務所へ向かった。
事務所に着いて、でもなかなか降りる勇気が出なくて。
勝手に仕事休んで
怒られるよね、きっと…
緊張で冷たくなった手をぎゅっと握ってると、翔くんがそっと包み込んでくれる。
「智くん…俺が、ついてる…」
「…うん…ありがと…」
深く深呼吸をして、車を降りた。
翔くんが追いかけてきて、手を繋いでくれた。
そのまま副社長室へ向かい、ドアをノックする。
「どうぞ」
待っていたかのように、すぐに返事が返ってきた。
「失礼します」
翔くんがそう言って。
手を繋いだまま、ドアを開けた。
ジュリーさんは窓際に腕を組んで立っていて。
俺たちの顔を交互に見て、それから繋いだ手に視線を向ける。
「…帰ってきたの?」
「…はい」
それだけを訊ねると、ふーっと息を吐き出した。
「解決したの?」
「それは…」
言葉に詰まると、翔くんが握った手に力を籠める。
「必ず、なんとかします。俺たちみんなで」
俺の代わりに翔くんが応えると、ジュリーさんの眉間の皺が深くなった。
「…出来るの?」
「なんとかします」
「やっぱりダメでした、は、許されないわよ?」
「わかってます」
ジュリーさんと翔くんは、睨み合うようにしばらくじっと見つめ合って。
それを、固唾を呑んで見守っていたら、不意にジュリーさんの視線が俺へと向いた。
「あなたは、どうなの?」
鋭い視線に突き刺されて、一瞬、息が詰まったけど。
腹に力を入れ、翔くんの手を固く握り締める。
「…こうなったのは、全部俺の責任です。だから…ちゃんと責任は取ります」
ジュリーさんの強い視線に負けないように、奥歯を噛み締めて正面から見つめると。
ふっと表情が緩んだ。
「わかったわ。信じてあげる」
「ありがとうございますっ!」
「急いでスケジュール調整させるわ。すぐに復帰出来るわね?」
「はいっ!」
頭を下げた俺を、翔くんが優しい眼差しで見つめていた。