第9章 暁
ニノの運転する白い高級車は、
元来た海の上の道を、滑るように走る。
「…綺麗だね……」
夕方の、傾きかけた陽光が、
凪いだ水面をキラキラと輝かせている。
「……あそこ行くときは見なかったの?」
「…うん…夜だったしね……」
何気なく聞いた言葉に、俺は唇を噛んだ。
真っ黒な海の上……
地理には疎い智くんのことだ。
何処へ連れていかれるのかも
分からなかったに違いない。
狂気の恋人に車に押し込まれ、
有無を言わさず辿り着いた未知の地で。
どんなにか淋しくて、
不安だっただろう?
何事にも動じないように見えて、
本当の智くんは繊細で、傷つきやすい。
そのくせ、予防線を張ったり、
危ないと感じたら避けようとすることもしないから…
今まで何度も心折れて、
端で見ていられないほどにダメージを受ける。
『だからあれほど言ったのに…』
落ち込み、時に泣き崩れる彼を、
何度と無く慰めて力付けて来た。
今度のことの、原因は俺にある。
例え潤に刺されようとも、
俺は智くんを守らなきゃいけないんだ…
そんな覚悟が無きゃ…
「なんかさ~、腹減らない??」
そう…腹減ら……(。-`ω-)
ニノ……
こんな状況で、そのお気楽発言って…
「ねえ、海ほたるで、なんか食べようよ?
ねえ、大野さんもお腹空いてるでしょ?」
「…いや、俺は…」
その瞬間、智くんのお腹が大きく返事をした。
「ほ~らね♪」
「……朝から何も、食べてないから…」
赤くなって俯く彼に、危うくキュンとする。
「翔ちゃんは怪我してるから、俺と大野さんで何か買ってくる?」
「いいよ…」
「大丈夫~?見つかったら…」
「平気平気!俺と大野さんだよ~??ね♡」
「んふふふ…そだね…」
心配する俺を車に置いて、
ふたりは小走りで出掛けて行った。
猫背で、ひょこひょこ歩く二人の小さな背中を見送りながら、自然と笑みが零れた。
ニノ……
この状況を少しでも和ませようとしてるんだね。
俺は、彼の配慮に感謝しつつ、目を閉じてシートに深く身体を沈めた。