第8章 淫雨
【智】
ベッドの上でうつらうつらとしていると、なにかを叩くような音が聞こえた。
…潤…?
鍵、忘れてったのかな…?
訪ねる人もいないこの家のドアをノックするのは、それしか考えられなくて。
俺はぼんやりとする頭を大きく振って、ほんの少しだけ意識を覚醒させると、素肌にシーツを巻き付けて、玄関へと向かった。
「おかえり。鍵、忘れて…」
開いたドアの向こうにいたのは、思い描いていた人ではなくて…
「智くん…」
「翔、くん…」
今一番、会いたくない人が、心配そうな顔で立っていた。
「…っ…帰って…!」
急いでドアを閉めようとしたけど、一瞬早く、片足をドアの内側にねじ込まれて。
強引に、家の中へと入られてしまった。
「来ないでっ!」
「智くんっ…!」
伸びてきた手を逃れようと、奥の部屋へ駆け出そうとした。
でも、体に巻き付けたシーツの端を踏んでしまって。
蹌踉けた弾みに、捕らえられて。
翔くんの腕の中にすっぽりと収まってしまった。
「智くんっ…」
「だめっ…離してっ…」
「離さないっ!絶対に…!」
翔くんの腕は、俺の心まで絡め取ろうとするように、強く巻き付いてくる。
「やだっ…翔くん、離してっ…」
「…だって、呼んだだろ?」
「えっ…?」
「俺には聞こえたよ?智くんが呼ぶ声が。翔くん、助けてって…」
耳元で囁かれた言葉に、体が動かなくなった。
「そんな、の…」
翔くんの空耳だよって、そう言わなきゃいけないのに…
「智くん、帰ろう?俺と一緒に。みんな、待ってるから…」