第8章 淫雨
【智】
「智」
ベッドの上でぼんやりしていると、俺を呼ぶ声が聞こえた。
「…おかえり、潤…」
寝転んで、目を閉じたまま、手を伸ばす。
「ただいま。いい子にしてた?」
ふわりと温かい体温に包まれて。
潤の香りが、した
「うん…」
いい子にって…
ここから出ることも叶わないのに…
「腹、減ってるでしょ?今、なにか作るね?」
「…ん…ありがと…」
一日中、ベッドに寝転んでいるだけだから、腹なんか減ってないけど。
俺はとりあえず頷いた。
潤の手が、優しく髪を撫でる。
「ちょっと待っててね?」
温かい体温が離れていって。
俺はようやく目を開いた。
足取りも軽く、キッチンへと向かう背中が見える。
ここがどこだか、俺は知らない。
あの日から、潤は俺を片時も離してくれなくなって。
携帯も、取り上げられて。
寝ている間に車に乗せられて。
ここへ連れてこられた。
その間、俺は一切抵抗しなかった。
だって、俺が悪いから
潤を壊したのは、俺だから
潤はもう、俺の知ってる潤じゃない
俺が、潤を変えてしまった
仕事がどうなってるのか、気にならないワケじゃなかった。
潤のことだから、きっと上手に手回ししているんだろう。
原因不明の病気で入院、だとかでも言ってるのかな?
他のメンバーやスタッフさんに迷惑かけてるのは痛いほど分かってるけど。
それでも、潤の傍を離れるわけにはいかなかった。
潤を、元の潤に戻すまでは…
『…智くん…』
耳の奥で、翔くんの声がする
その度に、目の奥がジワリと熱くなって。
涙が零れそうになって。
俺は、キツく唇を噛み締めた。
ごめん…
翔くん…