第6章 霧海
【雅紀】
バスルームへ向かうニノの背中を見ながら、こっそり詰めてた息を吐き出した。
きっと、迷ってる
俺と別れないって、そう言ってくれたけど
これから先、今まで通り恋人としてやっていけるんだろうかって、迷ってるんだ…
じわりと涙が滲んで。
慌ててエプロンの裾でそれを拭った。
泣いちゃ、ダメだ
俺に泣く権利なんてないんだから
もしも…
もしもやっぱり別れたいって言われても…
黙ってそれを受け入れなきゃ…
俺は奥歯を噛み締めると、ハンバーグ作りに専念した。
「…愛してるよ…ニノ…」
何度も何度もそう唱えながら、ハンバーグを捏ねる。
俺の愛情が
ちゃんと届きますように…
焼きながらスープを作り、サラダを皿に盛って。
もうすぐ完成というときに何気なく時計を見ると、ニノがお風呂に行ってから30分が経とうとしていた。
遅いな…
逆上せたりしてないよね…?
ハンバーグを盛り付け終えてもまだ戻ってこなくて。
さすがに心配になって、脱衣所のドアを開けた。
まだ、お風呂から出ていない。
「にのちゃ〜ん、出来たよ〜♪
早く出ておいで〜」
努めて明るく声を掛けると。
「はーい…」
小さな返事が、返ってきた。
リビングへ戻り、ダイニングテーブルへお皿を運んでると、髪の毛をタオルでわしゃわしゃ拭きながら、ニノが部屋へ入ってくる。
「おっ!うまそっ!」
テーブルを見ながら小さく叫んだ声は、さっきまでの憂いを帯びたものじゃなくて。
驚いて、彼をジッと見つめると。
最近見ることのなかった優しい眼差しが、俺へ向けられた。
「早く、食べよっ?」