第5章 霖雨
「あっそうだ!蟹、忘れてた!」
飲みながら、今日の収録の話をしていると、翔くんは思い出したように叫んで、キッチンへと向かった。
すぐに運ばれてきたのは、皿の上に大量に並べられた蟹。
「…すごい量だね…」
「だろ~?送り過ぎだっつ~の!俺、一人暮らしなんだからさぁ~」
ふざけんなよ~なんて言いながら、キッチンバサミで蟹の身を取り出そうとしてくれてるんだけど…
「あれ?よっ、と…」
なかなか、上手くいかない。
挙げ句、蟹の足じゃなくて、自分の指を切りそうになっちゃって。
「も~、貸してよ。やったげる」
見かねた俺は、ハサミを奪い取った。
「ごめん…」
「ふふっ、不器用なの、知ってるし」
「お、俺だってさ!あの蟹の身をほじほじする棒があればさ!」
「ほじほじする棒って…!」
その言い方に、思わず吹き出した。
「…そっちの方が、いい」
「…え?」
「智くんは、そうやって笑ってる方がいいよ」
不意に、優しい顔でそう言われて。
どきん、と心臓が波打った。
「ほ、ほら!お父さん、どうぞ!」
顔がカッと熱くなって、慌てて誤魔化すために皿に乗せた蟹の身を突き出す。
「おぉ!ありがとう、お母さん」
「誰がお母さんだよ!」
「ぶぶっ…智くんが始めたんだろ~?夫婦ごっこ」
「え~?それでいくと、俺がお父さんじゃないの?」
「それでもいいけど…こんな不器用な嫁、いる~?」
「…要らない」
「あははっ!じゃあ、やっぱ智くんが嫁だ!」
「む~っ…じゃあ、ビールもう一杯飲む?お父さん」
「おう、飲む飲む!」
「はいはい」
なぜか夫婦ごっこをしながら、蟹を食べ、酒を飲んで…
なんか…
すごく、楽だな…
翔くんといると、気負わずにありのままの自分でいられるっていうか…
潤といるとき
ちょっと無理してたのかな…?
「…智くん…」
呼ばれて、顔を上げれば。
翔くんの澄んだ瞳が、俺をまっすぐに見つめていた。