第5章 霖雨
【智】
「どうぞ」
地下の駐車場に止めた車の助手席のドアを、翔くんが開けてくれた。
まるで、女の子をエスコートするみたいに。
「あ、ありが、と…」
おずおずと乗り込むと、ドアを閉めてくれて。
回り込んで自分は運転席に座る。
一連の動作がすごくスマートで。
やっぱ、モテる男は違うよな…
なんて、場違いなことを考えたりした。
「じゃあ、行くよ」
わざわざ宣言して。
車は真昼みたいに輝く夜の街へ、静かに走り出した。
翔くんが特になにも喋ってこないから、俺も窓枠に手を掛けて、ぼんやりと流れていく景色を見つめる。
少し走ると一際賑やかな通りに出て。
道行く人たちは、みんな楽しげに笑いながら歩いてる。
俺…
最近、あんな風に笑ったこと、あったかな…?
窓に映る、暗い影を落とした自分の顔を見ていたくなくて。
そっと、目を閉じた。
「…智くん、起きて」
肩を揺らされて、目が覚めた。
見たことない、駐車場。
「着いたよ」
ベルトを外し、車を降りた翔くんは、また助手席のドアを開けてくれて。
覚醒したばかりでぼんやりとシートに凭れてる俺に、手を差し出した。
「ほら、降りて」
「…ん…」
その手を取って車を降りる。
王子様みたい…
まだ霞がかった頭で、またそんなことを思った。
翔くんは後部座席からビニール袋を2つ取り出すと、1つを俺に渡してくる。
受け取って中を覗き込めば、いろんなお惣菜のパックが入ってた。
翔くんが持ってる袋には、お酒の缶が透けて見える。
「え?いつの間に?スーパー寄ったんなら、起こしてくれりゃ、良かったのに」
「智くん、ぐっすり寝てたから…起こすのも悪いと思って」
「ごめん」
「なんで謝るんだよ。ほら、行こう」
当たり前のように、差し出された手。
俺は導かれるようにその手を取ると、手を引かれてエレベーターに乗り込んだ。