第5章 霖雨
【翔】
俺は智くんの肩を抱いて、周囲から遮るようにして楽屋に戻った。
まだセットチェンジにも時間がかかるはずだ。
お客さんも入っているあそこで、智くんのこんな姿を晒す訳にはいかない…
幸い、楽屋には誰もいなかった。
心配して着いてきたマネも、目で制して部屋に入れなかった。
そっと…智くんをソファーに座らせると、
彼は気を抜いたのか、顔を両手で覆って泣き出した。
「智くん…」
俺はそんな彼の肩を抱き寄せ、胸の中にその身体を抱き留めた。
「何かあった?…辛いこと?」
俺の問いにも、智くんは小さく首を振るだけ…
……弱ったな…そんなに長い時間は難しいし…
言いたくないなら無理に聞きだすのも何だし…
何度も丸まったその背中を、そっと撫でているうち、
智くんの息遣いも落ち着きを取り戻した。
俺は楽屋に用意されたコーヒーを入れて、智くんに手渡そうとした。
「智くん、これ飲んで?少し落ち着くから…」
そう言ってコップを渡しながら、自分の分を口に運ぶ。
「あ~、いい匂い…いい豆にしたのかな~?
旨そっ、ほら智くんも飲んでみな?…あっちっ///」
口に運んだコーヒーが、思ってたより熱くて、
思わず吹き出し、床にもコーヒーが零れた。
「あ、やべっ///あっちぃ~…」
唇を触る俺を、智くんは笑った。
「もう…翔くん、大丈夫~?
全くもう~…そそっかしいんだから…」
俺がシャツに零したコーヒーを、笑いながら拭いてくれる智くん。
「これ、着替えきゃダメじゃない?」
「ホントだ~、衣装さんに怒られるかな~」
「ふふふっ、翔くん…」
「笑ったね…智くん…その方がいいよ」
「…翔くん…」
良かった…これなら、いける、かな?
衣装さんに謝って別の衣装を貰って着替えながら、
「終わったらさ、俺ん家来ない?」
さり気無く誘ってみた。
案の定、パッと躊躇いの色を瞳に宿した智くん、
「北海道の友達がさ、毛蟹送って来たんだけど、ひとりじゃ食べきれないしさ…」
出来るだけ、彼が抵抗なく来れる様にしてみた。
「うん…じゃあ、行こっかな…」
案の定、智くんは笑って頷いた。