第9章 立待月
花嫁行列を襲撃し葵を連れ去った俺は
馬を走らせ春日山城城下町から少し離れた森の中
俺と葵の思い出深い小屋へとやって来た
今の季節は冬、この小屋は使われることはない
俺の腕の中で震える葵
それもそうだろう今の格好は夜盗そのもの
俺が誰かなんて分かるはずはないのだから
「葵」
名前を呼ぶとピクッと反応し
伏せていた瞳をゆっくりと開いた
「大翔さま?」
「うん。俺だよ」
頭巾と口布を取り葵に顔を見せた
そのとたんポロポロと瞳から涙を流し始めた
「ゴメン怖かったよな」
「こわかった...
死んでしまえばもう二度と
大翔様に会うことが叶わないから」
「葵....」
「でも母上が"身を任せなさい"と
"そうすれば春はすぐ訪れる"と
わたしはその言葉を信じました」
「春....か
俺は春みたいに暖かい人間じゃないよ
自分のために姫としての葵を
殺すような人間だよ」
顔を見ていられなくなり
葵の肩に頭を預けごめんと謝った
「大翔様謝らないでください
わたしは最初から貴方の前では
姫ではなく葵でした
わたしは"ただの"葵なのです」
「俺は......帰る場所も奪ったんだぞ?」
「はい。もう帰る場所はありません
なので大翔様責任をもって
わたしの帰る場所になってくださいね」
「えっ!」
バッと頭をあげ葵の顔を覗き込んだ
「俺で良いの?」
「大翔様が良いのです
嫌だと仰っても離れません」
口元に笑みを浮かべ赤くなった瞳で
微笑む葵を俺はギュッと抱き締めた