第8章 心から愛した
──その怪物はどしどしと地面を揺らしながら、そして私の名を呼びながら近づいてくる。沢山の人の憎悪をぐちゃぐちゃに詰め込んだような顔をしていた。
2mを遥かに超えた巨体が迫ってくると思うと、足がすくんで動けなかった。
「恋奈!!」
私を現実へと引き戻すように、シルクが私の腕を引っ張る。
「下がってろ」
そう言うと彼は私を自分の背に隠して、巨体に立ち向かう。
弓を構え、矢を放つ彼の姿は、いつも悪ふざけをしていた人だとは思えないほどに勇敢だった。
しかし、そう思ったのも束の間。
放った矢はまるで金属にでも当たったかのように弾かれる。
何度も弓を引き絞るが、矢は跳ね返され、怪物もまた動じていないようだった。
「くそっ…逃げるぞ!」
みんなが同じタイミングで頷き、私たちの体に打ち付けられる雨風に抵抗しながら村中を死に物狂いで駆け回った。
もう走れない。でも、走らなきゃならない。
怪物はしつこく追ってきて、私の名を呼び続けている。
一体、この怪物は誰なんだろう。息が上がっている間にも、脳は意外と冷静で。
どこまでも追いかけてくる怪物は、私にこの村で愛を注いでくれた1人なのかもしれない。
そんなことを考えていた時だった。
突然目の前に壁が現れ、私たちに行き止まりだということを知らせてきた。
「はあ、っはあ、そんな…!」
呼吸がままならない中、みんなで体を寄せ合うように壁を背に向け、一歩、また一歩と後ずさっていく。
怪物もそれに合わせてじりじりと私たちを壁際に追い込んでいった。
「ここは俺らがくる場所じゃなかったんだ…!!」
ぺけが絶望したように言う。
諦めるなんてこと、したくないのに。
怪物は怯える私たちをうっとりとした表情で見つめる。
冷や汗がぞわりと背中を伝っていく。
いつの間にか私は、みんなの手を握っていた。
「もう…ダメだよ……!」
ダホが諦めたように言ったその瞬間だった。
怪物と目が合う。
目らしきものなんてどこにもないけれど、確かに、私はその人物を知っていた。
「宗…馬……?」