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生贄のプリンセス【Fischer's】

第8章 心から愛した


その二文字を声に出したその時、怪物という物体を構成していた肉片がぼろぼろと剥がれ落ちていく。

私たちは手を繋ぎながら、ずっと彼を見続けていた。

彼は憎悪や苦しみという人の心に深い傷をつける感情に呑み込まれていた。けれど、どうしてもそれらの感情は、私と過ごした日々を埋めることができなかった。

だから私の名を呼び続けて、自我を保っていたのかもしれない。


肉片が完全に剥がれ落ちた時、その場に倒れ込んだ彼はもうすでに瀕死の状態だった。

「宗馬…!宗馬……!!」

宗馬は忘れてなんかいなかったんだ。
この村での日々を、そして私のことを。

「…恋奈……」

宗馬が苦しそうな声を出す。
彼の頬には涙が伝っていて、私の目からも涙が幾度となくこぼれ落ちた。


「ごめんね、ごめんね宗馬…!気付いてあげられなくてごめんね……!!」

もっと早く、取り払ってあげたかった。
私がもっと早く気付いていれば、彼はこんな風にならずに済んだかもしれないのに。

身体中の水分が涙として溢れ出るかのように、声が掠れていく。
どうして。どうしてもっと。
後悔だけが、乾いた体を埋め尽くした。


「恋奈……ごめ、ん…ありがとう………」

「宗馬…?宗馬っ…宗馬…!!」

宗馬が瞼をゆっくりと下ろしていく。
それはほんの一瞬の出来事だったはずなのに、私には何十秒もかかっているように見えた。

「恋奈…」

名前を呼ぶ以外声のかけようがない私を見て、彼らはそっとそばに寄り添ってくれた。


もう二度と目覚めない宗馬を見ると、あの頃の平和な日常はもう戻らないんだということを改めて痛感する。

宗馬は村のみんなのことが大好きだった。もちろん、私も含め。
きっと、こんな村のみんなの姿を見て、相当ショックだったんだろう。

みんなが変わってしまうくらいならと、自分が全部背負った。
だから、あんな姿になった。


全部憶測でしかないけれど、きっと最後までみんなのことを想い続けてたんだ。

「宗馬…っ、ごめんね…今までありがとう……!!」

宗馬の額に私の額をくっつけて、泣きじゃくった。

シルクはそっと私の肩に手を置いて、ずっと背中をさすってくれていた。
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