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生贄のプリンセス【Fischer's】

第5章 今更


「あれぇ、どこぞの姫さんじゃん」

逃げなきゃいけない。
ここから、遠ざからなければならない。
それなのに、まるで目の前に壁があるかのように、足がぴたりと止まる。びくりと肩が震えたのが、自分でも分かった。

「こんな所まで来て……俺達と遊びたい?」

くるりと回り込まれた。
俯いた顔を覗き込まれて、視線がばちりと合う。
……怖い。手足が拘束されたみたいに、何も体が動かない。

「カワイーね。王子なんかやめて、俺らにしちゃいなよ」

髪の毛を、まるで這うようにまとめて撫でられる。
誰かを〝ボコボコ〟にして来た後なのか、男の手は傷だらけだった。


肩に腕を回される。
その腕は、私を縛り付けるように重かった。
男達が歩き出したと共に、私もついていく。

姫としても。
人間としても。
私はきっと、壊れてしまうだろうな___

そう思った時だった。


「これ以上、こいつに触れんな」

聞き覚えのある、低い声。
見覚えのある、大きい手。
……卑怯だよ。守らないでよ、私の事なんか。

「……チッ」

男達は、彼の姿に怯えたのか一目散に逃げていく。
足の力が抜けて、地面にへたり込んだ。

それを支えるように、彼は私をぎゅっと抱きしめる。

きっと、貴方は足が速いから。
こうやって、私を守るんだね____

「ごめんな」

シルク。

そんな悲しい顔をしないで。
何も言わないで。

雨が大粒になったのか、彼の髪の毛から垂れる雫が痛い。
何もかもを見透かされたように曇る空が、怖い。

自業自得なはずなのに、彼に縋りたくなる。守ってもらいたくなる。そんな自分が、惨めで仕方がなかった。
全ては自分のせい。
自分が悪いのに、まるで誰かのせいにするように重荷だと感じる。


私は、やっぱり姫にはなれないんだ。

最初から分かっていたはずなのに、いざそう思うと、言葉に表せない程の感情が押し寄せてくる。


薄っすらとした視界に、雨粒が入って滲んだ。
全てをスポンジでぽんぽんと色付けただけのような世界が、酷く暗い。

「帰ろう……ちゃんと、説明するから」

ねぇ、シルク。

私は、何を望んでいたのかな。
私は、何に期待していたのかな。
私は、どうすればいいのかな____。


もう、さ。

「今更……遅い、よ」

がくん、と全身の力が抜ける。
最後に聞こえたのは、私の名を叫ぶシルクの声だった。
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