第5章 今更
お城から飛び出してきて、何時間は経ったと思う。
夕方から降る予定だった雨が、予報通りに大粒で降ってきた頃だ。
何か不都合なものでもあったのか、商店街のお店は所々シャッターが閉められている。
徐々に体温を奪う雨が、憎たらしく感じた。
梅雨の時期だからだろうか。
それとも、私の涙だろうか。
この際、どっちでもいい。
雨が止まないのなら、私が泣き止むだけだ。ただ、それだけの事だ。
「はぁっ、はあ……」
まだ、私は〝あの事〟を、吐き出そうとする。
嫌な事は 全部ゴミ袋にでも入れて、月曜の朝 ゴミ収集車に持って行ってもらえたらいいのに。
誰も困らないで、苦しまないで、傷付かないでいられるのに……。
いつの間にか、商店街から外れた、建物と建物の隙間のような場所を歩いていた。
空気も壁も、全てが薄汚い。
雨は私の全てを流して存在を消すかのように、打ち付ける。
何か紅茶の匂いがすると思ったら、あそこでカップを落とした時にワンピースに跳ねた紅茶のシミだった。
こんな姿を市民に見られてしまえば、私は終わりだ。
そう分かっているのに、宛先もなく進む足が止まらない。
とにかくお城から遠ざかりたいのに、どこへ行っても 街の真ん中にそびえ立つお城は見えてしまう。
「もう、私は……!」
___姫なんかじゃない。
そう言いかけた口は、無数の男達の声で噤まれてしまった。
金属のチェーンが擦れ合う音が聞こえる。
「あいつ、今度マジでボコボコにしてやるかんな」
拳を手の平で合わせ、大きな身体を揺らしながら歩く男。
「まぁまぁ、そう怒んなって」
それを宥めるように、隣の男が肩に手を乗せた。
その後ろにも、10人ほど男達がいる。
前からやってくる男達に、危機を感じた。
逃げなきゃ、と思う足は、意外にも速く動き出す。
男達とは反対方向に逃げるつもり、だったのだ。