第5章 今更
「やはり、教えた方が良いのではないでしょうか?」
切実に、何も言わないでいてほしかった。
盗み聞きした自分は 自業自得なのに、傷付く何かが また訪れるのだと悟ってしまうからだ。
この先を聞くのが怖い。
素直にそう思って、でも、まだ耳を傾けている自分が、
「我々の一人と、必ず結婚しなければならない事を……
そして、それが国の名誉に関わることも」
酷く嫌いだ。
ガチャンと、カップが割れる音。
紅茶が赤い絨毯に染みて、じわじわと、私を追い詰めるように迫ってくる。
息が荒くなった。呼吸を繰り返して、今聞いたことを何とか吐き出そうとした。
早く、早く、出て行って。
私の中から、消えて。
頭が真っ白で、考えられる余白も残っていなくて。
明日と、明後日と、明々後日と、これからと……何もかもが、想像していたものと180°違うものになる。
斜め上の現実の糸と、それにかけ離れすぎていた理想の糸を どうにかして繫ぎ合わせようとする。
それはまるで、深呼吸をするかのように__するりと、絡み合う事もなく、私の指先からすり抜けていったのだ。
………あぁ、これからが、怖い。
そう思った時には、もう遅かった。
私の足は前に、前にと動き出していて、明日から逃げるように走る。
お城を勢いよく飛び出した。
終いには空を飛んで、そのまま雲になって……なんて、夢みたいな展開があれば、それは夢でおしまいだったのに。
夢で終わらせられない現実が、あまりにも非情すぎたんだ。
「恋奈‼︎」
シルクの声が、私を呼び止めようとする。
今は聞いていられない……いや、聞きたくないの方が正解のような気がした。